根拠なき安心へ突きつける不吉な答え - 書評「原発サイバートラップ」 | ScanNetSecurity
2024.05.18(土)

根拠なき安心へ突きつける不吉な答え - 書評「原発サイバートラップ」

軍事ジャーナリスト 黒井文太郎氏に、グローバルのインテリジェンス動向に詳しい専門家の視点から、作家 一田和樹氏の小説「原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー」の書評を依頼しました。

調査・レポート・白書・ガイドライン ブックレビュー
「原発サイバートラップ」書影
「原発サイバートラップ」書影 全 1 枚 拡大写真
 日本からわずか 200 キロの距離にある朝鮮半島日本海側の原発を、テロリストがサイバー攻撃し、放射性廃棄物を吊り下げたドローンを使って、韓国と日本政府双方に対し「リアンクール岩礁」に関する、ある要求を突きつける・・・。
 2016 年秋に発表された、作家 一田和樹氏の小説「原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー」は、日本に現実に存在するサイバーリスクを、緊張感のあるエンターテインメントとして高いリアリティで描きました。
 同書は若干の加筆を経て今年 2018 年 9 月に「原発サイバートラップ」として文庫化、刊行から 2 年経過した現在に、また新たなメッセージを送り出しています。
 ScanNetSecurity は今回、軍事ジャーナリストとして活躍する黒井文太郎氏に、グローバルのインテリジェンス動向に詳しい専門家の視点から「原発サイバートラップ」の書評を依頼しました。


●出された要求は「竹島の独立」

 韓国の日本海沿岸にある原子力発電所で、前代未聞のテロが発生した。システムが乗っ取られたその原発で、危険な使用済み核燃料を保管する多数の特殊な容器が、遠隔操作のドローンによって運ばれ、犯人が用意した 100 基もの気球に吊り下げられたのだ。もしそれらがどこかに移動し、爆発すれば、付近一帯は放射性物質で高度に汚染される。空に浮かぶ「ダーティボム」と化したそれらの気球には、一定の高度以下に降りたり、通信が遮断されたりしたら爆発するようにプログラムされていた。

 犯人は、そのテロをすべて遠隔操作で実行した。そして犯人から出された要求は、「竹島の独立」。姿を見せない犯人の正体は? そして、その荒唐無稽な要求に隠された犯人の本当の狙いは?

 仮に犯人の遠隔操作で気球が移動し、爆発させられるとなれば、その被害が想定しうるのは、韓国と周辺国。もちろん日本もそのひとつだ。

 それどころか、このまま韓国東海岸上空で爆発したとしても、偏西風の影響で日本も多大な被害を免れない。韓国国内でのテロ事件のため、日本政府にできることは限られるが、それでも他人事ではあり得ない。

 日本政府が喧々囂々の議論を重ねているなか、3 人の男たちがそれぞれ静かに動き出した。かつて同じような原発サイバーテロのシナリオ研究を行ったことのなる元防衛大学校生、国際的なハッカー・ネットワークと繋がるサイバーセキュリティ専門家、サイバー犯罪に詳しいネットセキュリティ専門家の元警察庁キャリア・・・。

●漠然とした信用

 本書は、こうして突然はじまった姿なき謎のテロ犯と、各国政府や国際的 IT 企業を巻き込んだ静かだが熾烈なサイバー戦争の攻防戦を、迫真の筆致で活写している。ストーリーはフィクションだが、近い将来、こうしたサイバーテロは必ず起きるだろう。

 今さら言うまでもないことだが、現在のデジタル社会の便利さは疑いない。ただし、すべてがデータ化され、ネットワークされたシステムに対する危うさは、実は誰しもが感じているはずだ。

「便利なのは助かるけど、本当に信用できるのかな?」

 多くの人は、ネットワークを管理する国家機関や大手企業が、盤石のセキュリティを構築しているだろうと、漠然と「信用することにしている」。しかし、心の片隅で一度は考えたことがないだろうか・・・・もしも犯罪者やテロリストや敵国にサイバー攻撃を受けたら、やばいんじゃないの?

 本書は、こうした問いに、容赦なく不吉な答えを突きつける。その中で、とくに強調されているのが、「何もできない日本」の姿だ。

  1. 1
  2. 2
  3. 続きを読む

《黒井 文太郎》

関連記事

この記事の写真

/

特集

PageTop

アクセスランキング

  1. ゆめタウン運営イズミへのランサムウェア攻撃、VPN 装置から侵入

    ゆめタウン運営イズミへのランサムウェア攻撃、VPN 装置から侵入

  2. 範を示す ~ MITRE がサイバー攻撃被害公表

    範を示す ~ MITRE がサイバー攻撃被害公表

  3. 東急のネットワークに不正アクセス、連結子会社のファイルサーバでデータ読み出される

    東急のネットワークに不正アクセス、連結子会社のファイルサーバでデータ読み出される

  4. 検診車で実施した胸部レントゲン検診が対象、川口市の集団検診業務委託先へランサムウェア攻撃

    検診車で実施した胸部レントゲン検診が対象、川口市の集団検診業務委託先へランサムウェア攻撃

  5. 認証とID管理にガバナンスを ~ NTTデータ先端技術「VANADIS」で実現する「IGA(Identity Governance and Administration)」とは

    認証とID管理にガバナンスを ~ NTTデータ先端技術「VANADIS」で実現する「IGA(Identity Governance and Administration)」とはPR

  6. 脆弱性管理クラウド「yamory」SBOM 機能に関する特許取得

    脆弱性管理クラウド「yamory」SBOM 機能に関する特許取得

  7. 個人情報漏えいの疑いも ~ 八尾市立斎場職員が加重収賄罪ほかの容疑で逮捕

    個人情報漏えいの疑いも ~ 八尾市立斎場職員が加重収賄罪ほかの容疑で逮捕

  8. NRIセキュア 研修コンテンツ「セキュアEggs」基礎編オンデマンド提供、30日間アクセス可

    NRIセキュア 研修コンテンツ「セキュアEggs」基礎編オンデマンド提供、30日間アクセス可

  9. DHCP のオプション 121 を利用した VPN のカプセル化回避の問題、VPN を使用していない状態に

    DHCP のオプション 121 を利用した VPN のカプセル化回避の問題、VPN を使用していない状態に

  10. runc におけるコンテナ内部からホスト OS への侵害が可能となるファイルディスクリプタ情報漏えいの脆弱性(Scan Tech Report)

    runc におけるコンテナ内部からホスト OS への侵害が可能となるファイルディスクリプタ情報漏えいの脆弱性(Scan Tech Report)

ランキングをもっと見る