工藤伸治のセキュリティ事件簿 シーズン4 「超可能犯罪」 第1回「プロローグ:混沌の海のファネル」
インターネットは巨大な昏い海だ。悪意も善意もまとまりのなく漂っている。だが、混沌の中にひとたびファネル(漏斗)が生まれれば、そこに悪意が集積され濃縮され、そして思いもよらない形でリアルを浸食しはじめる。
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フィクション
※本稿はフィクションです。実在の団体・事件とは関係がありません。※
インターネットは巨大な昏い海だ。悪意も善意もまとまりもなく漂っている。だが、混沌の中にひとたびファネル(漏斗)が生まれれば、そこに悪意が集積され濃縮され、そして思いもよらない形でリアルを浸食しはじめる。
●断片1
── R式サイバーシステム社、もしかすると子会社かもしれません。そこに勤務している神作 裕史(しんさく ゆうじ)という男の住所、電話番号、そしてできることなら家族のことを知りたいのです。
先週、この男がR式サイバーシステム社のビルに入ってゆくのを見ました。もちろん、それだけでは社員と決まったわけではありません。数日間、ビルの前であいつが出入りするのを観察し、毎日通っていること、同僚らしき人々と話をしていることを確認しました。ツイッターやフェイスブックも確認しました。間違いなく、R式サイバーシステム社関連企業に勤めています。
── 理由? 依頼する理由と使い道が必要ですか。ああ、どこから入手したかぺらぺらと話したりしないか心配しているのですね。そんなことはしません。二十三年前、神作は私の娘を殺しました。
娘は高校に入学したばかりでした。たまたま学校帰りに、神作たちの自動車の横を通りかかっただけです。そのまま車に押し込まれて数日間連れ回され、最後に殺されて捨てられました。
未成年だというだけであいつの個人情報は伏せられ、数年で社会復帰しました。
もちろん、私たち家族に対しての謝罪などありません。それどころかあざ笑っています。あいつが友人に送ったメールがネットに公開されていましたが、被害者である私たちを愚弄するひどいものでした。
私はあいつを許しません。しかし殺そうとは思いません。この社会の最底辺で生きて、苦しみ続けてほしいのです。
だからこうしてあいつが仕事を変えるたびに、その情報をネットにさらし、職場や同僚に送りつけています。職を失い、路頭に迷って最低の生活を続けることが私たちの願いです。
── そうですか、あの事件のことをご存じでしたか。お引き受けいただける! ありがとうございます。では、連絡をお待ちしています。
●断片2
[復讐依頼フォーム]
ターゲット:駒野拓人
所属:R式サイバーシステム社第一営業部
目的:現在の仕事を奪い、社会的制裁を受けさせたい。
ターゲットの携帯電話番号:090-****-****
メールアドレス:komano@rcyber******.co.jp
住所:東京都渋谷区*************
備考:匿名で開設しているブログに愛人との写真やヤクザと一緒に撮った写真を掲載しています。問題になりそうな写真や書き込みは全部保存してありますので添付します。かなりのスキャンダルになると思います。
●断片3
「部長、またダメでしたね。あいつら汚いですよ」
「わかってる。ちゃんと手は打ってある。連中のやってる営業方法は問題ありすぎだ。早くやめさせないと、とんでもないことになる」
「じじいやばばあの家に上がり込んで、無理矢理携帯買わせるなんて無茶ですよ。いつか訴えられますよね。オレらまで巻き添え食っちゃいますよ」
「だから、手は打ったって言ってるだろ」
「社長になにか言ったんですか?」
「社長は、ダメだ。儲けてるヤツの話しかきかない」
「じゃあ、なにしたんです?」
「黙って見てろ。いずれわかる」
「教えてくださいよ」
「口が軽いヤツには言わない」
「ひでえ」
>> つづき
《一田和樹》
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