Scan Legacy 第二部 2006-2013 第2回「強制捜査なう」 | ScanNetSecurity
2024.03.28(木)

Scan Legacy 第二部 2006-2013 第2回「強制捜査なう」

強制捜査の最中に、社内で堀江貴文社長とすれちがったのを覚えています。ちょっとうわずった感じではあったものの、堀江さんはいつもどおり「おつかれさまです」と私に声をかけてきました。

特集 コラム
本連載は、昨年10月に創刊15周年を迎えたScanNetSecurityの創刊から現在までをふりかえり、当誌がこれまで築いた価値、遺産を再検証する連載企画です。1998年の創刊からライブドア事件までを描く第一部と、ライブドアに売却された後から現在までを描く第二部のふたつのパートに分かれ、第一部は創刊編集長 原 隆志 氏への取材に基づいて作家の一田和樹氏が、第二部は現在までの経緯を知る、現 ScanNetSecurity 発行人 高橋が執筆します。

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(本稿は可能な限り正確な記述に努めますが、記載事項にはときに、誤った記憶等により、正しくない場合があることをあらかじめおことわり申し上げます)

「社員は全員、パソコンに手を触れないで下さい。電話もしないでください。許可があるまで帰宅しないで下さい。トイレ以外、オフィスの外にも出ないで下さい」という趣旨の通達がメーリングリストに流れて、東京地検特捜部によるライブドア本社への家宅捜索が開始しました。現在なら「スマホもさわらないでください」と付け加えられるでしょうが、iPhone も Twitter もなかった時代です。

午後5時か6時くらいから地検の人たちが社内にやってきて強制捜査が開始し、帰宅してOKということになって解放されたのは、たしか23時頃だったので、5時間もあったわけですが、その間何をしていたか、あまり記憶はハッキリしていません。

たしか右斜め前にすわっていたコンピュータニュースの記者の関口さんから少女漫画を借りて(関口さんは手品セットを常時携帯していて、取材先で会った気に入った女性に対してマジックを披露してみせるという極めて個性的な記者でした)、まん前にすわっていたコンピュータニュース編集長の年中グラサンとアロハがトレードマークの庄司さんからスナック菓子をもらって、時間をつぶしていたような気がします。

強制捜査に来た人たちは、すでにターゲットが明確で、段取りもできていたので、社長室と経営企画部門に対してのみ、捜査と証拠書類等の押収を行うものの、それ以外の私たち一般社員には目もくれませんでした。

私は「君、そのパソコンを見せなさい。さあ早く」などと若い女性のクールビューティーな捜査官に詰問調で言われたりしないだろうかと、不謹慎にも少々ドキドキで期待していたのですが(そのぐらいヒマで退屈だったということです)、とうとう最後まで私自身が強制捜査を直接受けることはありませんでした。これは他の社員も同様です。99%の社員は強制捜査で、何ら質問も書類提出も求められず、単に座っていただけだったと思います。

オフィスにいるとヘリコプターが飛んでいる音がいつのまにか聞こえていました。一機や二機ではない音だったと思います。それもそのはず、たしかニュースの報道部門で常時オンにしていたテレビが、刻一刻と、ライブドア強制捜査のレポートを流しており、ヘリからの、六本木ヒルズの中継画像も流れていました。その中継を、当のライブドア社のオフィスの中から見ている訳です。

ネットを見れなかったのでそのときはわかりませんでしたが、ポータルサイトのlivedoorにはその頃アクセスが殺到、サイト開設以来のページビューを記録していたそうです。ページビュー大爆発を受け、ポータルのサーバをあずかる新宿のデータセンター部門のエンジニアは、そのころ必死で負荷分散などの遅延回避の対策を開始していたと後で聞きました。

ライブドア事件発生直後から、数か月後の収束まで、ポータルサイトが一度もダウンすることなく、目立った遅延もほとんどなかったというのは、当事者が言うのもなんですが、けっこう凄いことではないかと思います。なぜなら「悪の巣窟ライブドアと拝金主義の白ブタ経営者そしてその取り巻きのゴロツキ&チンピラ」みたいなエモーショナルな報道を翌日以降民放もNHKも放映しまくるようになるわけで、それで興味を持った人たちがlivedoorにアクセスしてPVが爆発していたのですから、そういうアクセスをさばくために、頑張って働くサーバエンジニアというのは、どういう倫理観や志を持つのか私には想像がつきません。

広告宣伝や広報PRなどのマーケティングで成り立っている会社、という一般的なイメージに反してライブドア社は、短い期間しか勤務していませんが私にはテクノロジーと先進技術がコアで動いていた会社という印象があります。ポータルサイトのアクセス爆発を受け止めたのはエンジニアのプライドと責任感だったと思います。

強制捜査の最中に、社内で堀江貴文社長とすれちがったのを覚えています。ちょっとうわずった感じではあったものの、堀江さんはいつもどおり「おつかれさまです」と私に声をかけてきました。拝金主義の白ブタ経営者イメージの人も多いと思いますが、側近と直下の部下相手には厳しい言動をときにするものの、それ以外はアルバイトだろうが何だろうが人とすれ違うときは必ずそういう礼を欠かさない人でした。しかも敬語で。

「実はいい人だった」的なことを言って、拝金主義の白ブタ経営者イメージを払拭したい、という意図はまったくありません。要は「かなりな人生の危機を迎えた当のそのときに、一緒に働く、名前すら覚えていない末端のスタッフに、多少うわずってはいるにせよ敬語で挨拶することを忘れなかった」人物が Scan という媒体に価値を感じて買収した、という意味合いで言っており、「Scan Legacy」という連載趣旨にそった言及のつもりです。「Legacy」とはその事業に関わった人でしょう。

23時頃になって東京地検特捜部から全員に帰宅の許しが出ると「みんな! これを着て帰ろう」誰かが大きい声でそう言いました。見ると、livedoorロゴのついたTシャツが高々と掲げられていました。確かに、そういうジョークが成立するくらいの雰囲気ではありました。六本木ヒルズ森タワーの2階(村上隆の彫刻ママンなどがあるフロアでエントランス部分)が報道陣で芋洗いのごどくごった返しているという生中継映像がオフィスのテレビでいままさに流れているわけで、メディアスクラムがすでにはじまっていました。そんなところに、悪の巣窟会社の拝金主義の白ブタ経営者の取り巻きであるゴロツキ=私たちが外に出たらいったいどうなるのかと感じたのです。

帰宅してはいいものの、特捜部からパソコンの持ち出しは禁止という通達がありましたので、オフィスを出る際に全員カバンの中味を地検の人に改められました。私は内心、若い女性の捜査官に詰問調で「君、そのカバンを持ってすぐにこっちにいらっしゃい。さあ早く。急いで」などと(以下略)。

しかし、地検特捜部によるカバンのチェックは、なんら高圧的なものではなく、東京ディズニーリゾート入場時に、持ち物をチラ見されるくらいの秒数と雰囲気でした。極めて形式的なもので、地検の人もまったくピリピリしていなかったです。

格言:東京地検特捜部はターゲット以外には優しい

当時わたしが購読していたサイバッチというゴシップメルマガには、ライブドアの女性社員が地検捜査員からカバンの中味を人前でぶちまけられて、持っていたHな私物を多数に見られて泣き出した、と載っていましたが、これは私の知る限り(サイバッチのほとんど全部の記事同様)飛ばしです。もっとも強制捜査の受けとめ方やショックには個人差があったと思います。

念のため2階を避けて1階でエレベータを下りて、特に問題なくビルを出て日比谷線に向かいました。そもそも森タワーに勤める人たちはITとか外資金融とか、夜遅くまで働く人たちばかりで、深夜でも人の出入りがあり、誰がライブドア社員かなどはわからないわけです。

明日からは、諸々対応が必要になるだろうなと思いながら家に着いたのは午前零時を過ぎていましたが、特別その日が遅かったかというと、むしろ普通よりちょっと早く帰れたくらいでした。しかし、この期に及んでまだ私は「こんな経験、一生に何度もできないだろう」などとどこかで思っており、当事者意識に欠けていました。

(ScanNetSecurity 発行人 高橋潤哉)

《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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