Scan Legacy 第一部 1998-2006 第1回「強制捜査」 | ScanNetSecurity
2024.04.20(土)

Scan Legacy 第一部 1998-2006 第1回「強制捜査」

誤報じゃないのか? という雰囲気が流れ出した。でも、私はそうは思わなかった。NHKが独自調査であんなニュースを流すわけはない。地検からのリークだ。地検はやりもしない強制捜査の情報を流さない。

特集 コラム
本連載は、昨年10月に創刊15周年を迎えたScanNetSecurityの創刊から現在までをふりかえり、当誌がこれまで築いた価値、遺産を再検証する連載企画です。1998年の創刊からライブドア事件までを描く第一部と、ライブドアに売却された後から現在までを描く第二部のふたつのパートに分かれ、第一部は創刊編集長 原 隆志 氏への取材に基づいて作家の一田和樹氏が、第二部は現在までの経緯を知る、現 ScanNetSecurity 発行人 高橋が執筆します。

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(Scan Legacy第一部は、サイバーミステリ作家 一田 和樹 氏が、Scan事業を立ち上げた株式会社バガボンド 代表取締役 原 隆志 氏(当時)に取材した内容をもとにとりまとめた、事実をもとにした一田和樹氏によるフィクションです)

私は微妙な場所に微妙なタイミングでいることが多い。あの時もそうだった。

二〇〇六年一月十六日夕方四時頃、NHKのニュースで「ライブドア社に東京地検特捜部が強制捜査に入った」と流れた。当時、ライブドア社の子会社ネットアンドセキュリティ総研(通称NS総研)の代表取締役だった私は、ライブドアと同じオフィスの一角で仕事をしていた。当時のライブドアは、事業部や関連会社の多くが同じオフィスに机を並べて仕事をしていた。私の隣の島は、ライブドアのモバイル事業部といった具合にシームレスだった。立ち上がれば、コンシュマー事業から法人事業までが机を並べる広いオフィスを見渡すことができる。

ニュースが流れた瞬間、最初に気がついたのはライブドアニュースの連中。一日中テレビを流しっぱなしでニュースチェックしているんだから当たり前だ。

「強制捜査だって!?」

ニュースの話題は一気にオフィスに広がった。社外では美人広報と評されていた広報女子は電話の対応に追いまくられ、ヒステリックな悲鳴を上げ、社内は騒然とした。

だが、その時強制捜査は行われていなかったし、数分経ち、数十分経ってもなにも起きなかった。誤報じゃないのか? という雰囲気が流れ出した。

でも、私はそうは思わなかった。NHKが独自調査であんなニュースを流すわけはない。地検からのリークだ。地検はやりもしない強制捜査の情報を流さない。考えられるのは、ちょっとした行き違い。当初の強制捜査開始時刻が遅れてしまった。しかしNHKにはそのことが伝わらず、最初の予定時間にニュースを流してしまった。もし、そうなら必ず強制捜査はある。しかも今日中に。そうではなければ、メンツがつぶれるだけでなく、証拠隠滅などをはかられる危険がある。

「みんな、強制捜査は今日必ず来ます。だから、もう帰っていいよ。だって強制捜査来たら家に帰れなくなるもん」

私が立ち上がると社員にそう言った。周囲の事業部の人間が、はっとした表情でこちらを見た。

「えー、でも早退になっちゃうんじゃないですか」

ところが社員は危機感がない。

「誤報かもしれないですよ」

「いや、絶対来るって、だってNHKにリークして来ないわけないじゃん」

「またまたー、おおげさなんだから」

私が力説しても誰も本気にしない。だんだん自分がトンデモ陰謀説を流布する頭の悪い学者のような気分になってきた。

「じゃあ、私だけ先に帰るよ」

「えー、そうなんですか。原稿できたらチェックしてほしいんですけど」

「……わかった。じゃあ、下のコーヒーショップにいるから、なんかあったら電話して」

絶対に強制捜査が来ると思っていたものの、とりあえずビルの二階にあったノートパソコンを持って、セガフレードというコーヒーショップに移動した。コーヒーを飲みながら、ニュースをながめていても一向に強制捜査の話が出ない。どういうことだ? と思っているうちに一時間が過ぎた。会社に電話して様子を確認した。

「もしもし、強制捜査来た?」

「来ませんよ。全然なにもないっす」

「ほんと?」

「誤報でしょ」

そこからさらに一時間。午後六時になってから、また電話してみた。

「もしもし、強制捜査来た?」

「まだ、そんなこと言ってるんですか? 来てませんよ」

NHKの報道から二時間、さすがに遅すぎる。本当に単なる誤報なのかもしれないと思い、オフィスに戻った。

「おかしいなあ。絶対来ると思ったんだけどなあ」

などと言いながら原稿などをチェックし、トイレに行ってから退社することにした。午後六時二十分頃だ。大でなく小だから、五分もかからなかった。

席に戻って最後にメールチェックしようとしたら、向かいの席の社員が、あっと声を上げた。

「原さん、メールダメですよ」

ダメ? ダメってどういうことだ?

「なに言ってんの?」

「メール使っちゃダメなんですって」

「ネットワークトラブル?」

「ええと、なんというか。とにかくダメなんですって」

「なに言ってんの? じゃあ、家に帰ってからチェックする」

そう言って荷物を持って立ち上がると、

「帰っちゃいけないみたいですよ」

と言われた。そこで気がついた。なにかがおかしい。普段は雑然としているオフィスが静かだ。当時のライブドアは、ちゃらいのやヤクザと見分けがつかないのとかいたので、あんなに静かなことはなかった。

「どういうこと?」

私が嫌な予感を覚えつつ訊ねると、その社員は無言で私が入ってきた扉を指さした。扉の横、外から入ってくる人間から死角になる位置にスーツ姿の男が立っていた。そこだけではない。全ての扉の死角にスーツ姿の人間が立っている。間違いない。強制捜査だ。

「ええっ!? だから絶対来るって言ったのにー」

私がそう言いながら、椅子にへたり込むと向かいの社員が苦笑した。トイレに立った数分の間に、強制捜査で踏み込まれるなんて……


私の席からは社長室が見えた。社長室に向かって、スーツ姿の数名を引き連れた男が歩いていた。社長室の扉を開けて出てきた堀江さんが、その男と向かい合う。声は聞き取れないが、男が堀江さんに向かって紙をつきだし、なにごとかを口にした。

「え? ちょっと、なに? それ見せてくださいよ」

堀江さんは、そう言うと突き出された紙に手を伸ばす。しかし男は、すっとそれを懐にしまった。

「なんで隠すんです? 見せてくださいよ」

堀江さんは食い下がったが、男は見せない。


「原さんがトイレに入って、すぐに入ってきたんですよ。それで、電話もパソコンも触っちゃダメ。電話がかかってきても受けちゃダメなんですって」

向かいの社員が説明してくれた。

(原 隆志 / 取材・文:一田 和樹)

《原 隆志 / 取材・文:一田 和樹》

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