七瀬 晶 作 「自動走行車の行方」- 起こりうる事件 来たるべき世界 ~ サイバーミステリ小説アンソロジー | ScanNetSecurity
2024.04.26(金)

七瀬 晶 作 「自動走行車の行方」- 起こりうる事件 来たるべき世界 ~ サイバーミステリ小説アンソロジー

実験中の、目的地を言うだけでそこへ運ぶ自動走行車が突然暴走した。バグの可能性は低い。大学生の「僕」はプログラムを書いた先輩と真相究明にあたる。

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七瀬 晶 作 「自動走行車の行方」- 起こりうる事件 来たるべき世界 ~ サイバーミステリ小説アンソロジー
七瀬 晶 作 「自動走行車の行方」- 起こりうる事件 来たるべき世界 ~ サイバーミステリ小説アンソロジー 全 2 枚 拡大写真
僕は震えながら、スマホ片手に暗い山道を歩いていた。

乗っていた車が、突然走り出したのだ。止めようとしても止まらず、カーブで速度の落ちたところで、転げ出るようにしてどうにか脱出できた。

歩くこと十数分、ようやく電波の届くところまでやってきて、僕は先輩に電話をかけた。

「先輩、助けてください!」

「どうしたんだ、切羽詰まった声で」

からかうような声に、むっとした。

「『とんきち号』が暴走して、あやうく死ぬところだったんです。僕の身に何かあったら、先輩のせいですよ」

電気自動車、『とんきち号』の自動走行プログラムは、大半が先輩の書いたものだ。

しかし、先輩は自信満々で言い返した。

「暴走? 俺のプログラムが暴走するわけないだろう」

僕はかえって不安になった。

あれが暴走でないとすれば。走るべくして走り出したなら。

「ひょっとして……誰かが仕組んだんでしょうか」

「おいおい、何を言ってるんだ」

「そういえば、なんだかみんな、様子がおかしかったような……先輩! 僕、どうしたらいいんでしょう?」

「待て、落ち着いて順を追って話してみろ」

僕は先輩に、それまでのことを話し出した。


先輩と僕は、大学のPC研に所属している。

PC研では、電気自動車部と合同で、目的地を言うだけで連れて行ってくれる便利な自動走行車を試作している。

僕を山小屋に誘ったのは、自動車部の紅一点、春菜ちゃん。僕も春菜ちゃんも大学二年生だ。

大学の裏山は僻地地区に指定されている辺鄙なところで、車通りも少ない。

テスト走行にはうってつけだが、僕は少々不安だった。

大学の敷地の外で車に乗るのは初めてだ。先輩は卒業研究で来られないというし、途中で車が壊れても直せる自信がない。

しかし、春菜ちゃんに、自動車部の仲間も来るからと熱心に誘われて、話に乗ることにした。


僕は春菜ちゃんと『はなちゃん号』に乗りこんだ。

もう一台の『とんきち号』を運転するのは、レーサーをしているイケメンの秋男さん、三年生。助手席には真面目なエンジニアの一年生、夏樹君を乗せていた。

目的地は裏山にある山小屋だった。大学所有のこの小屋は、夏期にはバードウォッチングなどにも使われるそうだ。

山小屋には、無事ついた。

僕がトイレから戻ってくると、三人は何かこそこそと話をしていた。

僕の顔を見ると、みなぴたりと口をつぐんだ。春菜ちゃんが、何やら僕を上目遣いに見上げる。

「ちょっと、秋男さんと裏山まで行ってくることにしたの」

おや? と、僕は思った。

僕はダシに呼ばれただけで、春菜ちゃんは秋男さんとドライブに行きたかったのだろうか。

春菜ちゃんはやけにテンションが高かったが、他の二人の様子も変だった。

夏樹君は、どこか不安げな様子で、秋男さんを見ている。

秋男さんが何やら意味ありげに目配せすると、夏樹君はうつむいてしまった。


二人が出かけた後も、夏樹君はずっとそわそわしていた。

立ったり座ったり、時計を見たり、何か飲むかと尋ねたり。

僕も何やら落ち着かなかった。

二人はなかなか帰ってこない。この辺りは電波が届かないので、電話もできない。

夏樹君も僕も、かわるがわる外を覗きに行ったり、トイレに行ったりした。


何度目かに外に出た時、僕は車のほうから音がするのに気がついた。

辺りはもう薄暗くなり、車から明かりが漏れていた。ラジオの音も聞こえる。

降りた時、電源を切り忘れていたのだろうか。

僕は、車に乗り込み、電源を切ろうとした。

その時だ。

車が急に走り出したのは。

焦って山小屋へ戻るように指示したが、反応がない。

どうやら、車は僕が乗ってきた『はなちゃん号』ではなく、『とんきち号』らしかった。

先輩の作ったプログラムは、あらかじめ登録しておいた声にしか反応しない。『はなちゃん号』には春菜ちゃんと僕の声が登録してあったが、『とんきち号』は秋男さんと夏樹君の声にしか反応しないはずだ。

パニックになった僕は、外へ飛び降りて、暗くなってきた山道に取り残されてしまった。

それから、どうにか電波の届くところまで歩き、先輩に電話をかけたのだ。


《七瀬 晶》

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