#NoMoreFake 第12回 エピローグ「信用の価値」 | ScanNetSecurity
2024.04.26(金)

#NoMoreFake 第12回 エピローグ「信用の価値」

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特集 フィクション
大和田紗希 作 / 一田和樹 監修 サイバーミステリ小説「#NoMoreFake」
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次の日、兄が作ったおふくろさん食堂の切り取り報道の記事がアップされ、畠山さんが複数のアカウントや Bot で拡散させていく。先日のおふくろさん食堂のママのバズった動画の効果もありすぐに 2 万超えのリツイートされ三木が仕込んだ放送局以外にも取材の申し込みが来た。夕方のワイドショーで取り上げられたのを皮切りに FAKEx の登録者はけた違いに伸びていった。

さらに、村田社長からの情報でおふくろさん食堂のフェイクニュースを拡散させた大元のサイトをファクトチェックして #NOMOREFAKE をつけて拡散させていく。そして、畠山さんが印象操作するためにわざと広告のスクショを撮って広めたことで、自動広告を出している広告会社も動かざるを得ない状況になるだろう。

広告がとめられるのも時間の問題だ。#NOMOREFAKE はまたトレンド入りをし、正義感をもった SNS 住民が自らもフェイクニュースに広告を出している企業を見つけ出す。もちろんデマもあるので見極めるために FAKEx に促す。この作業を繰り返すだけで数日で FAKEx の登録者数は 80 万人を超えていった。

さらに、インタビューを受けたおふくろさん食堂のママに信用毀損罪や偽計業務妨害罪の話も出してもらった。フェイクニュースを作成した本人の情報開示がプロバイダー側に命じられることによって身元はすぐに特定できる旨、さらにそれをリツイートした者も名誉棄損で罪に問われる可能性があることは自覚できただろう。

どこまで意識が変わるかはまだまだわからないが、ネット上ではいろいろな憶測が飛び交い、おふくろさん食堂に謝罪に来る者まで現れた。作業をしている間に、村田社長からおふくろさん食堂のデマを流した大元のサイトも関連サイトも広告料の支払いを止められたと連絡があった。準備をしているときは、ずっと不安だったがいざ始まってしまえばスピードとの勝負になり、一週間ですべてが変わっていた。

一週間前まで悠々と暮らしていたフェイクニュース業者も一気に確定され、資金が断たれるのも時間の問題だ。結局、悪事は早かれ遅かれいつかバレる。それならば、短期的な目線ではなく長期的に本当に良いものを提供することに時間を注いだ方が結果的には好転するはずだと思う。

全てのアフィリエイトサイトの運営者が悪いわけではなく、有益な情報を提示し読者のためにサイト運営をすることで広告収入を稼いでいる人もたくさんいる。情報過多で信用が少ない今だからこそ、信用の価値は一番の利益になるんじゃないだろうか。一週間前まで悠々と暮らしていたフェイクニュース業者も資金源が一気に潰され、さらには訴えられるかもしれない。

「ここにいる全員のおかげで、一歩を踏み出すことができました。本当に本当にありがとうございました」

ひと段落を終え、深々と頭を下げる畠山さんに、再び温かい拍手が上がった。

「お疲れさまです」

解散後、一人コーヒーを飲んでいた畠山さんに声をかける。

「遥ちゃん、おつかれさま。さっき以前断られた広告を販売してる代理店から、今回の件を踏まえて話がしたいって連絡が来たんだよ。村田さんが助言してくれたみたいで」

「本当ですか。うまく話が進めばいいですね」

「いろんな広告会社も、NOMOREFAKE のことを知りたいって問い合わせが、結構来てるみたい」

「忙しくなりますね」

「あぁ」

「コールセンターはどうするんですか?」

「一応、社長には話していたんだけど、ある程度基盤が固まったらこっちに集中するつもり」

「やっと始まるんですね」

「今回、実はおふくろさん食堂の事件の記事のドメインがうちの兄の事件を書いてたサイトのドメインに似てるものだったから、もしかしたらって思ってたんだ」

「え、それで?」

「同じものだったけど、違う人物だった。ドメインは中古で売買されたものだったみたいだ」

「そんなことできるんですか?」

「あぁ、広告が停止されてもサイトの力が強ければ高値で売れたりするんだよね。広告主が違えばまた広告収入も復活するし」

「…そんなシステムなんですね」

「でも、今回の事件のおかげで情報も入りそうだし、もう少し追ってみるよ」

「見つかるといいですね」

「うん。あ、今夜おふくろさん食堂行ってみない?」

「ぜひ」

--

後処理をしていたお兄ちゃんと三木さんも誘って、おふくろさん食堂に行くと、以前の活気が戻っていた。

「いらっしゃい!」

店に入ると、ママが元気に出迎えてくれる。

「ほんと、みんなのおかげでテレビとかネットとか見て新しいお客さんも来てくれたのよ」

興奮気味に話すママは「忙しくて」と言いながらもすごく嬉しそうだった。

「ママ、損害賠償の件はどうするの?」

畠山さんがママからおしぼりを受け取りながら尋ねるとママはいつもの優しい顔になり少し笑う。

「あーあれね。一度、情報開示まではしてもらったんだけど本人が謝罪に来てね。損害って言っても、もう今はお客さんも戻ってきたから、今回は訴えは取り下げることにしたのよ」

「え?でも、それでいいんですか?」

意外な回答に思わず尋ねたが他の三人も同意見らしくママを見る。あれだけ嫌がらせされたんだから少しくらい慰謝料をもらっても悪くはないはずだ。

「いいのよ。これからは被害が出る前に、みんなが止めてくれるんでしょ?だから、大丈夫。はいこれ、サービスね」

そう言いながらママは大皿に肉じゃがを入れて持ってきてくれる。

「もう次に進んでるんだから。私は大丈夫よ。みんなのおかげ様。本当にありがとう」

次のテーブルに挨拶に行くママは以前よりもさらにはつらつとしていた。誰かを罪に問うことが目的ではなく、この活気のあるお店を取り戻すことがママの願いだったんだろう。ちょっと惜しい気もするけど。

「でも、あのママのおもしろ動画すごかったですね」

三木さんに話しかけると三木さんはちょびちょび梅酒を飲んでいた。見かけはさばさばしているがお酒はあまり強くないらしく、少し飲むだけで赤くなる。ギャップ萌えだ。

「遥ちゃんも作ろうと思えば、すぐ作れるようになるわよ」

「え、そんな簡単なんですか?」

「まぁね」と言いながらアプリを見せてくれる三木さん。

そこにはいろんなアイコラの動画版が掲載していた。

「でも、それが逆に怖いこともありますよね」

畠山さんの声が少しまじめなトーンに変わり、お兄ちゃんも会話に交じってくる。

「誰でも、なんでも作れるからこそ、何が本当なのかわからない時代がきっと来る。だからこそ、伝える側の伝え方も受け取る側の受け取り側も慎重にならないといけないな」

「ポーの法則ですね」

「ポーの法則?」

また知らない用語が畠山さんから出て聞き返す私。いつも通り畠山さんが優しく教えてくれる。

「今ネットでいろんな情報が混じってて、どれがネタでどれが本当なのかもわからなくなってるでしょ?悪意があるデマを流して、悪びれた様子もなく釣りだよって言えば許されると思ってたり…でもどれだけわかりやすいパロディだとしても受け取り手全員がそれを冗談だととらえることは不可能だってこと」

「なるほど…たまにもしかして本気で言ってるのかなって不安になることもありますもんね」

「良い悪いは別にして、そのパロディを見続けることで、無意識に思想が誘導されることもあるんだよね。だから、いくら面白い動画だとしても、やっぱり発信側はそこには気を付けていかないといけないって改めて感じたよ」

「自分たちで作ってやるのは今回限りにして、もっと違う方法で攻めていくやり方、考えましょう」

お兄ちゃんも畠山さんの意見に賛成のようで、いろいろな提案をしていく。目に見えるものだけじゃなく、自分の頭で考えて事実を探していくこと。どんなに技術が発達しても、使う人間が試される。怒りやもどかしさを否定的な感情に使うことも、何かを変えようとする原動力にすることも自分自身の選択でもある。結局は、人間力によって変わっていくんだと思う。みんなと乾杯しながらおいしい肉じゃがを食べ次のステップを考え始めた。



大和田紗希 作 / 一田和樹 監修 サイバーミステリ小説「#NoMoreFake」

《大和田 紗希》

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