民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第13回「アリバイとムリバイ」 | ScanNetSecurity
2025.10.04(土)

民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第13回「アリバイとムリバイ」

 「そのふたつに絞って、もう一回データを確認する? あれ? ちょっと待って大事なことを忘れていたんじゃない?」

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民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿
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・因果

 マンマー国軍、ウンサンスーチー、アジムヴィラノ、中国、ロシア、アメリカが容疑者として残った。それぞれ犯行が可能で、そのために必要な攻撃方法も持っている。

「容疑者が共謀している可能性やメタ関係など因果がある場合を洗い出すとやはりもっとも可能性が高いのは軍部」

 如月が肩をすくめる。佐藤と同じ結論だ。容疑者の中では抜きん出て影響力があり、関与の証拠も多数ある。主犯ではないと否定するのは逆に難しい。

「ウンサンスーチー、中国、ロシアにはムリバイがある。この騒動が彼らの利害に反する可能性を排除できません。まともに考えたらやらないわね」

 如月がホワイトボードに書かれたウンサンスーチー、中国、ロシア、アメリカの文字を指先でたたく。

「ムリバイってなに?」

 突然出てきた不思議な言葉に箱崎は質問した。

「ムリバイはね。論理的、物理的、技術的にありえないこと。リアル捜査のアリバイみたいなものね。ムリバイがあったら除外してもかまわないということです」

 如月はしれっと説明する。悪戯っぽく目が光ったのを箱崎は見逃さなかった。

「もしかして今作った言葉?」

「当たり」

 それにしてももっとマシな言葉ないのかと思ったが、とりあえずよしとしよう。

「ふーん。どこにムリバイがあるの?」

「どの勢力にとってもマンマーの国内情勢が流動化するのは好ましくないんですよ。今くらいの流動化で充分彼らの目的は達成できるから。それにウンサンスーチーは邪魔だけど、ほっておけばじょじょに影響力は下がるし、充分に老人なので先がない。黙っていてもいなくなる。それを早めるにはこんな目立ったことをして国際的に孤立するよりも、単純に彼女の仕事を忙しくして疲弊させる方が効果的だと思う。できないと言ったら、責任を放棄したと責めればいいわけだしね。自由主義国から支援を取り付ける仕事なんかいくらでもあるし、彼女の役割としてはうってつけでしょう。ウンサンスーチーにとっても自分の後継者のない状態で軍部の影響力を削いでも意味がない。彼女が死んだら軍部の力が復活するだけです」

「なるほどね。アメリカもムリバイがあるの?」

「アメリカは容疑者から外せるかどうか微妙なところ。影響力はあるし、ネット世論操作を実行できる力もある。民主化した国が増えれば自由主義国には有利になるから、ここで軍部を悪者にして力を削いで民主化を進めればプラスになる。でも実際には民主化のシンボルだったウンサンスーチーの信用が低下し、軍部が力を増す結果になってる。ここでなにも動かないのはいかにも不自然。それにトランプは民主化の度合いに関係なくつきあってるし。このモデルでもアメリカは不確定要因が多い。グレーかな」

「残ったのは軍部と仏教徒を主導するアジムヴィラノだけ……二択だったら軍部になるしかないじゃん。因果の方向で考えてもそっちの方が自然だ。共謀している可能性はあるけど。どちらも犯人ではないってことはありえない。なにか決定的な新しい情報があればアメリカ真犯人説もあり得るけど。あるいは日本と共謀してたりしてね。そう考えると日本が無節操に支援を続けているのもアメリカの要請があったことになってつじつま合うかも」

 箱崎は思いついたことをつぶやいたが、如月は首を横に振る。可能性はなさそうだ。佐藤の結論と同じになるのは悔しいがしかたがない。

「軍部とアジムヴィラノの共謀の可能性は確かに高いし、主犯は軍部で決まりです」

「そのふたつに絞って、もう一回データを確認する? あれ? ちょっと待って大事なことを忘れていたんじゃない?」

 箱崎は別の可能性に気がついた。

「大事なこと?」

 如月が首をひねる。

「君島さんが私たちを選んだ理由がわかった」

「え? 私がデータに強いからでしょう?」

「そうなんだけど、それだけなら統計や数理モデルの専門家でいいでしょ」

 如月は統計や数理に強く、箱崎はサイバー犯罪にくわしく、サイバーミステリは得意分野だ。如月と箱崎のふたりでなければ解けない謎だから君島は荒垣に如月姉妹社を紹介したのだ。

「ええとつまり私たちでないとできないこと……ああ、なるほどわかりました。典型的なサイバーミステリの構造の事件だから、数理モデルとサイバーミステリに強い如月姉妹社でないといけなかったんですね。これでデータを検証して整理すれば終わりということですか」

 如月も箱崎と同じことに気づいたようで、満面の笑みを浮かべる。

「そう。実行犯以上に危険な犯人がいる」

 箱崎は胸を張った。

つづく

《一田 和樹》

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