民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第14回「超可能犯罪」 | ScanNetSecurity
2025.10.04(土)

民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿 第14回「超可能犯罪」

 「今回の事件は『超可能犯罪』です。君島さんがこの事件を私たちに託したのは、典型的なサイバー犯罪のテンプレートにあてはまるからでした」

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民主主義殺人事件 - 如月姉妹社の事件簿
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・『超可能犯罪』としての虐待

 三日後の同じ時間、荒垣と佐藤は再び如月姉妹社を訪れた。荒垣の中折れ帽が前回と違っていたので、箱崎の好感度が上がった。

 いつものように箱崎が応接セットに通し、如月はコーヒーを淹れる。

「お越しいただき、ありがとうございます。結論を申し上げる前に、おそらくみなさんがご存じないサイバーミステリの基本をご紹介します」

 箱崎がそう言うと、佐藤が訝しそうな表情を見せた。

「サイバーミステリ?」

「作り事なんか参考にならないとおっしゃりたいんですよね。まあ、我慢して聞いてください。『データ同定問題』とかいろいろあるんです。その中から今回ご紹介したいのは『超可能犯罪』です。密室殺人とかの不可能犯罪とかはよく知られていますけど、サイバー空間には誰でも証拠を残さず犯行可能な『超可能犯罪』という概念があります。たとえば管理者が完全に管理を放棄してログもとっていないサーバーに顧客データが置きっぱなしになっていたら、誰が盗ってもわからない。そんなバカなことがあるかと思うかもしれませんが、つい先日も Fatebook が Instagraph のユーザー情報を誰でも入手可能な場所に暗号化もせずに置きっぱなしにしていた事件がありました。『超可能犯罪』は、実行犯も大事ですが、それ以上に大事なのはその状況を作った犯人=メタ犯人です。自分では情報を盗むことはせず、サーバをサイバーノーガード状態にしてファイルをダウンロードできるようにしておいた人物です」

 箱崎は説明したが、佐藤も荒垣もまだ不思議そうな顔をしている。

「それが今回のこととどういうつながりがあるんです?」

「今回の事件は『超可能犯罪』です。君島さんがこの事件を私たちに託したのは、典型的なサイバー犯罪のテンプレートにあてはまるからでした」

 国際問題と思うからわからないような気がするだけで、その本質はサイバー犯罪と同じだ。

「よくわかりませんね。どういうことなんでしょう? 所長はわかります?」

「いや、だが、興味深い視点だ」

 そこに如月が珈琲を持ってきて全員の前に置く。全員がしばし黙る。

「冷めないうちにどうぞ」

 如月はそう言いながら自分も腰掛けて一口飲む。

「おいしい」

 目を軽くつむってつぶやく様子は官能的だ。

「ちょうだいする」

 荒垣も珈琲に手を伸ばし、佐藤も不承不承といった感じで飲む。

「うん、うまい。で、話の続きを聞かせていただこう」

 荒垣が箱崎を急かしたが、如月が代わりに口を開いた。

「ドヒンギャ虐待については軍部の関与、仏教徒、海外の勢力、過激なグループの存在が確認されています。個別の問題については実行犯を特定できますが、誰がいつ始めて広まったのかを証明するのは困難です。なぜならこれは『超可能犯罪』にきわめて似た構造だからです。ドヒンギャ問題はずっと前からくすぶっていたもので、誰でも簡単に犯人になる可能性があり、それをたきつけるための装置= SNS も普及していた。誰がなんのためにここまで問題を深刻化させたのかを明らかにするためには、まずこの問題を『超可能犯罪』としてとらえるのが正しいのです」

「え?」

 佐藤がうなる。どうやら伝わっていない。それでいい。この段階でわかったら自分の力で正解にたどりつけるから、如月姉妹社に相談する意味がなくなってしまう。

「私はわかった。つまり、誰かがドヒンギャ虐待がエスカレートする状況を用意したってことだな。だから虐待を実際に主導した実行犯よりも、その状況を用意したメタ犯人が重要ということだろう」

 荒垣の言葉に箱崎と如月は顔を見合わせる。思った以上にカンがいい。しかしまだ不十分だ。

「おっしゃる通りです。直接の犯行が軍部もしくは軍部と仏教徒の共謀によって行われているという仮説を私も支持します。しかし、それ以上に重要なのは、そう仕向けたメタ犯人です。メタ犯人を止めなければ何度でも他の関係者が同じ犯行を繰り返します」

 如月の言葉に合わせて箱崎はホワイトボードに容疑者の一覧を表示する。

── ウンサンスーチー、中国、ロシア、アメリカ

「ほお。ハイテクだ」

 ホワイトボードに文字が映し出されたのを見て荒垣が楽しそうな声を上げた。佐藤はちらりと見ただけだ。

「これらのアクターは今回の実行犯にはなりませんでしたが、条件さえ整えば実行犯になる可能性は常にあります」

 箱崎の言葉に荒垣はうなずく。佐藤はまだよくのみ込めていないようだ。

「だってこれは『超可能犯罪』なんですから。誰でも簡単に犯人になれる状況が変わらない限り、虐待はなくなりません。したがって、今回の犯人を突き止めても事件の解決にはなりません。日本政府の判断の参考にもなりません。なぜなら状況が変化すればどのアクターも犯行を行うからです。今回、マンマー国軍が犯人だったとしても、犯人でなかったとしても、明日犯行におよぶ可能性は常にあるのです」

 如月がダメ押しする。だが、佐藤はまだのみ込めていないようで、じっと如月をにらんでいる。

「とにかく犯人が軍部というのは意見の一致を見たわけだ」

 佐藤がじれたように発言する。

「おっしゃる通りです。しかしそれは今回の問題の本質ではないことをご説明したつもりです」

 如月の言葉に佐藤はじれったそうに頭をかく。

「犯人が軍部ならそれでいいでしょう。確かに他のアクターが虐待を行う可能性はありますけど、それは他の犯罪だって将来誰かが犯行を行う可能性はあるわけで、そんなことを言っても過去に確実に犯罪を行った相手の責任は消えません」

 箱崎は面倒だなと思う。思ったよりも佐藤は頭が硬い。

「さきほど申し上げましたように、メタ犯人を特定し、止めれば虐待は終わります。つまり、メタ犯人こそがマンマーの民主主義を殺した犯人と言えます。実行犯はメタ犯人なしにはここまで大規模に犯行を実行できなかったでしょう」

 如月が重ねて説明する。さすがに佐藤もわかったようで、唇を噛んでうなずいた。

「じゃあ、そのメタ犯人は誰なんです?」

「簡単です。単純なことでした。マンマーの今の状況を作れるアクター、もっとも影響力を行使できるアクターしかメタ犯人になりえません。つまり Fatebook 社です。彼らは意図的に今回の事件を仕掛けました」

つづく

《一田 和樹》

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