Scan Legacy 第一部 1998-2006 第8回「ライブドアへの売却」 | ScanNetSecurity
2024.05.04(土)

Scan Legacy 第一部 1998-2006 第8回「ライブドアへの売却」

資本関係を整理するなら今だなと考えた。会社の売却である。その時、ふと堀江さんのことを思い出した。そういえばオン・ザ・エッヂは買収に積極的だった。試しに声をかけてみたら、すぐに宮内さん率いるファイナンスの精鋭が大挙してやってきた。

特集 コラム
本連載は、昨年10月に創刊15周年を迎えたScanNetSecurityの創刊から現在までをふりかえり、当誌がこれまで築いた価値、遺産を再検証する連載企画です。1998年の創刊からライブドア事件までを描く第一部と、ライブドアから売却された後から現在までを描く第二部のふたつのパートに分かれ、第一部は創刊編集長 原 隆志 氏への取材に基づいて作家の一田和樹氏が、第二部は現在までの経緯を知る、現 ScanNetSecurity 発行人 高橋が執筆します。

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(Scan Legacy第一部は、サイバーミステリ作家 一田 和樹 氏が、Scan事業を立ち上げた株式会社バガボンド 代表取締役 原 隆志 氏(当時)に取材した内容をもとにとりまとめた、事実をもとにした一田和樹氏によるフィクションです)

順風満帆の事業もやっていると飽きる。かねてから社長になりたいと言っていた副社長を社長に据え、私は会長になることにした。新社長は大張り切りで、社長交代のプレスリリースを打った。文面を何度読んでも意味がわからなくて、将来に不安を覚えたのを記憶している。

新社長は辣腕をふるったおかげで、あっという間に会社は赤字に転落した。私は自分の能力が特段人より優れていると思っていないし、秀でた才能を持っているとも思っていなかった。だから私がやっていたことは誰でもできることだと思っていたのだが、どうもそうでもないようだとわかってきた。誰でも出来ることではなく、普通の人はできるけど特殊な人はできないということらしい。

赤字になったとたんに、親が死んでその後始末で仕事を続けられないと社長が言い出した。両親の不幸はなにかあった時の常套句だが、基本的に人は信じるものと考えていた私は言葉通りに受け取って、他の取締役の反対を説得し、退任を許可し、私が社長に戻った。

退任した元社長は、翌月に新しい仕事を始めたといって、自分の会社の名刺を配りだした。世の中をうまく渡る人間というのは、これくらいのウソは平気でつくのだなと思い知られた。それでも人を疑って仕事をするのは楽しくないので、疑ってかかるようなことはしない。

赤字になったものの、事業がそんなに毀損したわけではなく、無駄遣いが増えただけである。致命的ではない。とはいえ、ネットバブルに陰りもみえてきたし、資本関係を整理するなら今だなと考えた。会社の売却である。

エージェントを雇い、動いてもらったところ、10社前後から問合せがあった。そのうち7社くらいが本気のようだった。商社系、IT系、ニュースサイト、サイバーセキュリティ会社、多様な企業が手を挙げてくれた。買収の目的は、それぞれ異なっていた。自社の事業とのシナジー効果を狙う会社、純粋に投資の一環としてとらえている会社、Scanのファンの会社……。

エージェントの指示に従って競争入札で一気に決めることにした。その時、ふと堀江さんのことを思い出した。そういえばオン・ザ・エッヂは、これから買収に積極的だった。試しに声をかけてみたら、すぐに宮内さん率いるファイナンスの精鋭が大挙してやってきて、デューデリを開始した。相変わらず話が早いと思った。普通の会社なら声をかけてから、提案を持ってくるまでに一カ月以上はかかる。オン・ザ・エッヂは1週間で持ってきた。

会社の売却は、おおまかに三つくらいのステップがある。まず、主要メンバーで売ることを前提に買い手探しを始めることを決める。主要メンバーというのは、代表取締役と売却を可決できるだけの株数を持つ株主である。それだけの株主を集めると人数が多い場合は、それ以下で始めるしかない。

興味を持ってくれる会社があれば、まず先方の要望を聞き、NDA(機密保持契約)とかわした後で経営に関する数値を見せる。必要に応じ事業や数字の内容を解説する。買い手によっては、会社を見学することもある。

次にデューデリジェンスと呼ばれる調査が入る。経営数値などの実態を調べるのである。公認会計士事務所に依頼する会社が多い。過去の経営状態が正しく記録されているかをチェックし、事業の内容にも踏み込んだ確認が行われる。

それが終わると提案を持ってくる。提案には、買取価格の他、買収の条件が記載されるのが常である。買い取った後の社員や事業の扱いが主だ。

商社などきっちり各ステップを行う会社だと、最初の会合から二カ月以上かかることもある。逆にネット企業などは、デューデリせずに一挙に提案を持ってくることもある。

入札の結果、オン・ザ・エッヂが勝った。ただし、思ったほど金額が高くなかった。

もう売るのを少し待つという手もあったが、私は売ることにした。金のために仕事をしているわけじゃない。金を儲けることが目的なら、もっと効率的な方法がある。飽きっぽい性格の私は、早く次のことを始めたかったのである。

売って正解だったと数ヶ月して思った。オン・ザ・エッヂは、ライブドアと名前を変え、プロ野球の球団買収に動き出し、以降メディアの寵児となった。私は、なぜかライブドアのファイナンス会議に参加することとなり、堀江さん、宮内さん、中村さん、岡本さんなど、のちに塀の向こうに行った人たちと毎週顔を合わせていた。

不謹慎かもしれないが、ライブドアグループに入って3カ月後に球団買収騒動が起こり、堀江さんの逮捕から4カ月後にグループを離脱していた。ライブドアとネットのもっともおもしろい時期を間近に見られたのは幸運だった。

(原 隆志 / 取材・文:一田 和樹)

《原 隆志 / 取材・文:一田 和樹》

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