サイバーセキュリティ業界の世界最大級のカンファレンス Black Hat USA 2026 が今年も米国で開催される。株式会社FFRIセキュリティ(以下 FFRI)の鵜飼裕司に、今年注目すべき Black Hat USA 2026 Briefings の発表について話を聞いた。鵜飼はアジア人初の Black Hat レビューボードメンバーとして CFP(公募論文)の選定に毎年参加しています。
● トップ 3 トラックが全体の 4 分の 1 を占める
Black Hat USA は全 19 トラックで構成されるが、発表数トップ 3 のトラックだけで全体の約 24 %を占めるという偏りがある。
1 位は Cloud Security(9 件)、2 位が AI, ML & Data Science(8 件)、3 位が AppSec: Offense ほか(7 件)だ。
なかでも際立つのが AI・ML トラックの伸びである。2022 年にはわずか 5 件・全体の 5.1 %に過ぎなかったこのトラックは、2025 年には 27 件・26.2 %まで急伸し、2026 年も 23 件・22.8 %と高水準を維持している。
「この 2 年ぐらいで、AI 関連のトラックがめちゃくちゃ増えています。今回、注目発表としてピックアップしているものも、やはり AI・ML 関連のものは非常に興味深いものが多いです」
● 注目発表 1:AI は未知の攻撃クラスを発明できるか
最初に挙げるのは『Can AI Do Novel Security Research? Meet the HTTP Terminator(AI は斬新なセキュリティ研究ができるのか?「HTTPターミネーター」をご紹介)』だ。発表者の James Kettle(PortSwigger)について、鵜飼は次のように説明する。
「今回の発表者は、周りでも結構有名な人で、HTTP Desync 攻撃という新しい攻撃クラスを発見した、著名な Black Hat 常連の研究者です。たとえば“SQLインジェクション”のように、名前が付いている攻撃手法ってあるじゃないですか。そういう攻撃クラスを AI が発明できるか、発見できるか。そこがポイントなんです」
背景には、AI が数学や物理学の研究で本質的な役割を果たし始めているという潮流がある。数十年未解決だった数学の問題を AI が解決した事例や、理論物理学の研究を AI が人間の支援を受けながら遂行し論文を執筆した事例などが相次いでおり、この流れがセキュリティ研究にも及ぶのではないかというのが今回のテーマだ。
James Kettle は「HTTP Terminator」と呼ばれる OSS ツールを公開する予定だが、詳細はまだ明らかになっていない。AI が自律的に新しい攻撃クラスを発見するツールなのか、それとも人間が用意した問題設定のもとで検証を行うツールなのか。この点は今後の情報開示を待つ必要がある。
● 注目発表 2:ロジックバグ発見の自動化がもたらす危うさ
『The 0-day Engine: Finding 100+ Vulns with LLMs in Chrome and Android(ゼロデイ・エンジン:LLM で Chrome と Android の脆弱性を 100 件以上発見する)』は、LLM を用いて Chrome と Android の脆弱性を 2 ヶ月で 100 件以上発見したという発表だ。従来、Fuzzing で自動的に発見できるのはメモリ破壊系の脆弱性が中心で、使用上の想定外の挙動を突くようなロジックバグの自動発見は困難とされてきた。
鵜飼はロジックバグの危険性についてこう語る。
「ロジックバグというのは、多くの場合、環境やタイミングに依存せず必ず効くというのがあるので、割と危ないんです」
メモリ破壊系の脆弱性は、バージョンや環境、タイミングに攻撃の成否が左右されることが多い。それに対しロジックバグは、条件さえ揃えば安定して成功する分、実害に直結しやすいという指摘である。今回の発表では、LLM のコンテキストウィンドウの制約を踏まえた「フィードバック駆動型検証」という新方式が提案されており、発見した 7 つの脆弱性を連鎖させて Pixel デバイスへの攻撃を実演したという。
● 注目発表 3:パッチが出た「瞬間」にやられる時代到来
『Prompt2Own: Real-World Kernel Exploit Development with LLMs(Prompt2Own:LLM による実践的なカーネルエクスプロイト開発)』は、LLM を用いた Linux kernel の exploit 開発に関する発表だ。カーネルへの exploit 開発は緩和策の多層化により非常に難易度が高く、Google が主催する kernelCTF では最大 13 万 3,337 ドル(約 2,000 万円、1 ドル 150 円換算)の報奨金が支払われるほど貴重な技術とされてきた。今回の発表は、LLM を「思考パートナー」として各工程を半自動化し、開発を大幅に高速化したという内容である。
鵜飼が最も強調したのは、この技術がもたらす防御側への影響だ。
「エクスプロイトを書くのがめちゃくちゃ爆速になっているので、パッチが出た瞬間に適用しないと間に合わないという状況になります」
背景にあるのは「パッチリバーシング」という技術だ。パッチ適用前後のバイナリを比較することで、どこが修正されたのかを推測し、そこから脆弱性の内容と exploit を組み立てる手法である。鵜飼も一時期この方法で研究を行っており、技術自体は以前から存在したが、解析に時間がかかるため、その間に企業側は検証を経てパッチを当てることができた。しかし AI によってこの解析と攻撃コード生成が高速化すると、様相は一変する。
「いくらゼロトラストと言っても、結局 VPN のソフトウェアなどに脆弱性が出た瞬間にやられてしまうということが想定されるので、ゼロトラストもへったくれもない、ということになりかねません」
組み込みファームウェアやマイナーな制御システムなど、そもそもパッチ検証に十分な時間を割けない領域ほど、このリスクは深刻になるという。

