一通りデータの整理が終わったところでオレは近所のバーに出かけた。部屋に籠もりきりってのは性に合わない。外の空気を吸い、夜の街の灯りを見ないと気が済まない。細い路地の地下にあるひなびたバー「マダムシルク」。黒く重い扉を押すと、どんよりした薄闇の店内が見える。古い映画のポスターが壁一面に貼られ、ドライフラワー、天井にはどこから来たのかわからないはがきが無数にあった。
オレにとっていい店の条件は居心地のよさにつきる。いくら酒をそろえていても料理がうまくても気持ちよく飲み食いできなきゃ意味がない。その点、この店の居心地のよさは別格だ。
オレは隅のボックス席に腰掛け、ビールを注文すると持ってきたノートパソコンを開く。そこに表示される情報を読むと寒気がしてきた。こんなのを相手にしたくない。
テーブルにビールとコップが置かれ、オレが手を伸ばそうとするとその横にロックグラスがふたつ置かれた。こんなの注文してないぞ、と言おうとして顔を上げると夏神と冬野が立っていた。夏神は迷彩服に着替えている。サイバー戦にそんな服装が必要とは思えないが、気は心ということだろう。長い髪を後ろで縛っているせいでいつもより精悍に見える。
「お知らせすることがあります」
冬野だ。ロックグラスを手にすると一気に飲み干す。消毒薬みたいなジンの香りがした。