上野宣はなぜ株式会社Flatt Securityの社外取締役に就任したのか | ScanNetSecurity
2020.07.14(火)

上野宣はなぜ株式会社Flatt Securityの社外取締役に就任したのか

上野の口からは、以前構想はしたものの、まだ着手すらしていない国産SIEMの開発のきわめて具体的な話が突然飛び出したという。井手はそのとき、夢の具体化と目標までの道のりが一歩進んだことを実感した。

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株式会社Flatt Security 代表取締役CEO 井手 康貴(左)、同社外取締役 上野宣(右)
株式会社Flatt Security 代表取締役CEO 井手 康貴(左)、同社外取締役 上野宣(右) 全 3 枚 拡大写真
 「まあ言うたら“逆ポテンシャル採用”です。面白いなーと思って」

 本誌 ScanNetSecurity 編集長の上野 宣が笑顔でそう語ったのは、彼が今度新たに、とあるセキュリティ企業の社外取締役に就任するというので、その理由を尋ねたときのことだった。

 逆ポテンシャル採用?

 どこか聞き捨てならない。

 日本の新卒採用がそもそもこの方式なのではあるものの「ポテンシャル採用」という言葉自体微妙なワードである。

 「あなたはまだ我が社が必要とする能力や経験を持っていないけれど、今後の成長(ポテンシャル)は期待できるから採用してやってもいいよ」腕組みしながらちょっと偉そうにこんなことを言うおじさんの姿が頭に浮かぶのだ。

 いろいろな意味があるかもしれないがこの言葉にはそういうニュアンスが含まれている。

だから上野の意図するところを翻訳すると、こうならざるをえない。

 「俺が今度新しく社外取締役に就任する企業は、俺レベルの男が社外取締役を勤めるほどの会社ではお世辞にもないが、今後の成長(ポテンシャル)は期待できないこともないから社外取締役に就任してやってもいい」と。

 ・・・。

 何様かと。

 ・・・あと新しい言葉を勝手に作るなと。

 しかし事態はそれでは終わらなかった。上野が社外取締役に就任するという、当のセキュリティ企業の代表取締役CEO自身が、上野の目の前で、その言葉をさも嬉しそうに聞いていたのだ。

 2度ビックリである。

 その企業とは株式会社Flatt Security(フラットセキュリティ)。代表取締役CEOは井手 康貴(いで こうき)。若干23歳のセキュリティベンチャー企業創業者である。はたしてこの井手社長とはどんな人物なのか。

株式会社Flatt Security 代表取締役CEO 井手 康貴(左)、上野宣(右)

 さかのぼること約2年前。2017年の年末、21歳の誕生日を迎えたばかりの井手は、「ポエム」と自称するブログ記事を配信した。こんな感じ。

―― 死にゆく国日本  残念ながらこの「日本」という国は死にゆく運命にある。皆このことは薄々分かっているのだろう。同世代の友人に「日本ってやばいとおもわない?」と聞くと、皆口をそろえて「やばいと思う」と言う。ただ、その後に必ずと言って良いほど「何がやばいのかわからない」と言う。残念なことに、20歳の僕にとって「日本」と言う国は生まれてこの方ずっと衰退の一途をたどってきた――

 ポエム?

 「ポエム」というかこれ一種の「檄文(げきぶん)」なのでは。檄文とは三島由紀夫が自衛隊で蒔いてたああいうやつのことだ。


 「社会を良くしたい。」

 「日本を変えたい。」

 だがこれは、まだ中学生だった少年時代から、井手を強烈に突き動かしつづけてきた動機である。

 井手の「社会派ポエム」は、次のように続く。

――高校時代、僕は政治でこの日本という国を変えようと考えていた。授業で日本の産業の衰退や少子高齢化の問題を教わる中で、当然のように、どうやったら良くなるんだろう、という気持ちが芽生えた。僕は議員会館に行き各党の議員さんに対して自分の考えた政策を聞いてもらうことにした。幸い高校生という立場が味方をして高い確率で多くの議員さんとお話することができた――

 日本をドラスティックに変えそして再生させうる教育制度や農業政策。面会してくれた国会議員を相手に高校生の井手は、臆することなく、自身が頭をふりしぼって考えたさまざまな政策議論を持ちかけた。しかし、やがて井手は無力感にさいなまれていく。

 「いいね。ぜひやろう」

 ほとんどの議員は井手の提案に顔を輝かせてそう言ってくれるのだったが、政策を通すところまで行動してくれる人物はほとんどいなかった。多くの議員は、井手の政策案などはるかに凌駕する、その分野に関する見識と有効な政策を構想してすらいた。しかし政策を通すための議論となると遅々として進まなかったし、とてつもない時間がかかる。現実の壁が井手の目の前に固く立ちふさがった。

 そんなとき、高校生だった井手の目には、UBER や Airbnb などの企業が社会にインパクトを与えていくさまが新鮮に映った。

 「ああ、世の中を会社から変えるってあるんだな。プロダクトで変えるってあるんだなって思った時、そもそも世の中って資本主義だから、そっちから変えるのが至極当然、正しいんだなというのを確かに感じた(井手)」

 しかし、会社で世界を変えるといっても、大企業に就職することなど最初から井手の選択肢にはなかった。井手の文章はつづく。

――20歳の僕にとって「日本」と言う国は生まれてこの方ずっと衰退の一途をたどってきた。僕の生まれた1996年は既にバブルがはじけ、一般的に「失われた20年」と呼ばれる時期に突入していたし、ここ5年ほどは一流企業と言われていた企業の衰退が顕著に目に見える形ででてきている――

 高校生にして井手は起業を決意した。

 井手は医師の家庭に生まれた。「このままでは自分の意思に反して医者にさせられてしまう」危機感を持った井手は、理系から文系に転じ、2015年 東京大学に入学した。起業することを決めていたため、比較的卒業しやすい学部を選んだという。

 文系に転じたものの、高校時代は数IIIと物理の勉強が楽しくて仕方なかった井手である。さまざまなIT企業でインターンの技術者として経験を積んだ。株式会社FFRI の鵜飼裕司、株式会社イエラエセキュリティの牧田誠、そして株式会社トライコーダの上野宣らと同様、井手もまた日本に数少ない「コードが書ける経営者」の間違いなく一員だ。

 インターン先で印象深かったのは、API開発技術者として1年間週4回通ったメルカリ社だ。きわめてモダンな開発思想と現場もさることながら、IPOによって社会的影響力が拡大し、同時に社内に億万長者が多数誕生したことによって、単に「ヒットして収益が上がるサービス」という視点だけではなく、社会のため世界のために何ができるか、会社全体の「事業の目線」が一段上がったように感じたことだった。「日本の時価総額TOP10に入る企業を作る」「創業10年で1,000億円、20年で1兆円規模の会社になる」「そして日本を良くしていく」井手の起業の目標は具体性を帯びていく。

 11名のエンジェル投資家から計3,000万円の資本を集めた井手は、2017年5月 株式会社Flatt を創業した。衣料品のeコマースサービスを立ち上げ、事業がようやく軌道に乗り始めた矢先のことだった。


 翌2018年夏、たった一年で井手は、突然サービスの終了を宣言する。

 「この事業は、仮に最高の幸運に恵まれうまくいったとしても、10年後に300億円規模くらいの会社を作るのが精一杯と感じた。アパレルの世界でじっくりと長い時間をかけてファーストリテイリング、LVMH(モエヘネシー ルイヴィトン)のような尊敬され社会的影響力を持つ企業になる戦略もあるが、スピード感をもってそれを進めることはできない(井手)」

 何よりも井手には、衣料品のeコマースサービスが「自分たちでなければできない」領域に思えなくなっていた。

 eコマースサービスを無事上場企業に売却した井手の次の仕事は、株式会社Flatt の新たな事業領域のアイデアを考えることだった。そんなとき、井手が所属していたサークル「TSG(東京大学理論科学グループ)」のメンバーの多くが参加している「SECCON」と呼ばれるセキュリティコンテストの存在を知る。言わずと知れたセキュリティイベントである。

 しかし、「SECCON」を知ったといっても、ただSECCONに参加するだけではないのが井手のやり方だ。なんと井手は、貴重な資本金を投じ、SECCONのスポンサーに名乗りを上げた。まだセキュリティ企業ですらなかったのだから、前代未聞の英断(?)だ。

 しかし技術者である井手はハッカーのコンテストにもっとも必要なものを知っていた。レッドブルを大量購入(これはホントに英断)し、SECCONの展示ブースに山のように積んで参加者にレッドブルを振る舞った。

 「時価総額1兆円規模の企業を作り日本を良くしていく」さまざまな情報収集を行いながら、セキュリティ事業こそ、この目標を達成できるかもしれない、そしてセキュリティこそ「自分たちでなければできない」領域であると確信するようになっていく。

 次々と、これはと思うセキュリティのイベントのスポンサーに貴重な資金を投じた。新しい可能性を発見させてくれたセキュリティという産業と、それを支える人々への、井手なりのささやかな感謝と敬意の表し方だった。

 SECCONの運営委員でもある上野は、この時期に井手と遭遇している。

 「いろいろなセキュリティイベントに突然協賛し始めた名前も知らない会社。なんだろうなと思った。最初は怪しい会社かもしれないと思っていた。見に行ったら全員学生と見分けがつかないくらい若くて。まあ学生なんだからあたりまえだけど(上野)」

 しかし一度話をする機会を持った上野は、井手に強いシンパシーを持つ。

 日本では起業する人間はまるで「珍獣」のように扱われる。井手同様、在学中に起業した上野が、ずっと感じ続けてきた日本社会の起業家への「待遇」だ。

 だから上野はこう思った。「東大の学生さんがわざわざ起業するなんて。卒業して公務員になればいいのに。どっか頭のネジがおかしい人なんじゃないか」

 尊敬をこめてそう思った。

――僕の幼少期にはライブドアによる堀江貴文さんの事件が話題となり、僕たちの親世代はみな「ほら、東大やめて起業なんかするから」といった風潮に包まれていた。間違いなく粉飾決算はやってはいけないことではあるのだが、あの事件があった当時のメディアなどによる異様なたたき方、捜査の方法は幼い僕の記憶にも残っている。叩く前に対策を考えて実行することが本質だろうと思うのだが結局そのまま時は流れ、東芝の粉飾決算に至った。多くの若者がこの対応の差を見て、この世の中に失望したことだろうと思う――

 井手は商号を株式会社Flatt から株式会社Flatt Security に変更。脆弱性診断サービスを中心にセキュリティ企業として再スタートした。新生 Flatt Security を軌道に乗せた井手はある日、上野に技術顧問として会社に来てほしいといわば「プロポーズ」した。

 「言い方は悪いですが、まだ何も持っていないのにアグレッシブなところを好きになった。僕はいつも、今あるもの、今持っているものを基準には考えない。これからにすごい期待したいっていうところがほとんど全部(上野)」

 技術顧問という肩書で単なる名義貸しのように有名無実化することだけは避けたかった上野は「社外取締役なら」と逆提案し、すぐに就任受諾した。これが今回の、上野の言う「逆ポテンシャル採用」の経緯である。

――僕は恐ろしいくらい出会う人の運に恵まれている。 だからいずれかは目標を達成することができるだろうと根拠無く思っている――

 「日本発の、世界で使われるセキュリティプロダクトを開発する」井手が目標達成のためのマイルストーンのひとつと定めているこの夢を語ったとき、上野は笑顔でこう答えたという。

 「いいね。一緒にやろう」と。

 そして上野の口から、以前構想はしたものの、まだ着手していない国産SIEMの開発のきわめて具体的な話が突然飛び出したという。井手はそのとき、夢の具体化と目標までの道のりが一歩進んだことを実感した。

 「僕がやりたいことは一貫していて、教育や人を育てることをやりたい。これまではいろいろな企業に研修を行ったり、セキュリティキャンプでのGMで、人を育てる組織作りなどをしてきた。Flatt Security という会社を、セキュリティのエンジニアが来たい会社、活躍ができる会社にできたらいい(上野)」

 筆者は上野の言う「逆ポテンシャル採用」という聞き捨てならない言葉にてっきり、これから伸びそうな企業に早い段階でもぐり込んで、会社が大きくなったときに労せずして甘い汁を吸おうという、腕組みしながらちっとも仕事をしない「The日本企業のおっさん」的価値観を直感したのだが、もしかするとそれは単に、筆者の目線と志が低かっただけなのかもしれない。

 考えてもみてほしい。何も持たないスタートアップ企業に社外取締役としてわざわざ参加して、そのポテンシャルを開花させるという、甘い汁どころか最も辛くキツイ仕事をみずから積極的に引き受ける覚悟がなければこの言葉は出てこない。むしろ、ポテンシャルを爆発させるという巨大な責任を引き受けるのだ。育てる責任と覚悟が背景にある。なお、10年以上のつきあいがあるが、常にジェントルな上野が「俺」などという粗野な言葉を使ったのをただの一度も見たことはない。

――大きいことを成し遂げようとするためには多くのひとの協力が必要である。僕一人では何もできない。既得権益がちがちの組織をぶちこわして長期的にこの死にゆくこの日本という国をどうにかしてやろうという人、あとはこの荒削りで愚かな若者を応援してやろうというありがたい大人の方々はぜひお話させていただければ幸いだ。一度推敲とかせずに書いているから多くの敵を作るだろうし、批判に晒されるかもしれないが僕の決意を公にする意味でもこれを公開しようと思う。(2017年12月29日 井手康貴)――

(文中敬称略)

株式会社Flatt Security 代表取締役CEO 井手 康貴(右)、同社外取締役 上野 宣(左)

《高橋 潤哉( Junya Takahashi )》

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